銀の龍の背に乗ったら、太陽の照り返しが鱗に凄い反射して、前が見れなさそう。
夏場に乗ったら鱗がチンチンに熱されていて焼けそう。
アフリカ辺りの銀の龍は、そのあまりの熱さに鱗で目玉焼きとかを作られそう。それをSNSにあげられてプチバズりされそう。
冬場はめっちゃ静電気に怯えそう。ただ、銀の龍自身が出す鼻息がすげー暖かそう。
角を持って乗るのがセオリーだが、振り落とされる心配がないという点を重視するならば、銀の龍の手に乗った方が良さそう。
でも、その場合持っていた玉の所在はどうしよう。
というか、なんの前触れもなく銀の龍が左右に方向転換するのは危険なので、任意で曲がりたい方の玉が点滅するようにするのはどうか。
ヤンキーの乗る銀の龍の角には、白いモフモフがついてそう。
髭の根元には、大麻の形したドぎつい匂いする芳香剤がぶら下がっていて、デカい音量で湘南乃風が流れているし、至るところに電飾が施されていて青紫色に光っているが、銀の龍的にはその全てがムカついて仕方ないので、荒っぽい飛び方になる。
銀の龍の背から降りてショッピングモールに行く時、空を飛ばしておくべきなのか、とぐろを巻かせておくべきなのか。
銀の龍は気位が高いので、維持費も高そう。
ファミリー銀の龍が長年一つの家族に愛されて乗られている。
自身が家族に迎え入れられて3年が経った頃、時を同じくして家族の仲間入りを果たした次女との出会いは散々だった。
お下がりのチャイルドシートが窮屈だったのか、ぐずりだした彼女は次第にその声を成層圏から地上まで響き渡るのではないかというくらいに大きくした。
耳を劈くかのようなその泣き声に思わず身をうねらせた銀の龍。
しまった、と思った。ヒトをその背に乗せた銀の龍の禁忌を犯してしまった。その罪悪感を煽るかのように、家族の悲鳴が銀の龍の鼓膜を責め立てた。
何かがおかしい。それもそのはず、家族の悲鳴が、なぜか「聞こえている」。不安に思った銀の龍の予感は、不運にも的中した。
予想外のうねりに三半規管を狂わされた次女の関心はもはや形の合わないチャイルドシートにはなく、今まさに自らの口から零れ落ちようとしている朝ごはんだった。
少女の小さな口に収まるはずもなく、咀嚼された朝食が銀の龍の背に乗っていく___
時が経ち、大人になった次女がとあるオスのヒトを実家に連れてくるらしい、とある日の夕方、老夫婦の間で交わされた会話から知った。
その時、角を握る父の手が強ばるのを感じた。
次女は噂通りオスを連れてきた。緊張でガチガチに固まっていたそれは、銀の龍を見て少しハッとしていた。銀の龍も気になったが、次女に連れられて家の中に入っていった。
その日の深夜。父親が若いオスを家から連れ、銀の龍の背に乗せた。
「あの……どこへ……」
「気にしなさんな。少し、男だけで話がしたかったんだ」
銀の龍は、高層ビルの煌びやかな中を泳ぐ。
しばらくして、地球と宇宙のちょうど境目のあたりで、父親は静かに語り始めた。
「これはね、年寄りのワガママだから、あまり真剣にならず聞いていてほしい。
実はね、この銀の龍を君に譲ろうと思っているんだ。
私ももう歳だ。人様に迷惑をかける前に返納して、この子の受け取り手を見つけなければいけないと思っていたんだが、今の時代、職場にもなかなか銀の龍の良さを分かってくれる人がいなくてね」
「そんな……こんなに綺麗にしてらっしゃるのに」
「そう、それすらも分かっていない、額面や博物館のことだけでしか話のできない輩にはこの子は渡したくないのだよ。
その時、君がやって来た。私に挨拶するより早く、君はこの子に目を輝かせていたね」
「え、と……それは、ですね……申し訳ございませんでした」
「なに、悪いと決めつけるのは早いよ。私はね、だからこそ君になら託せると思ったんだ。
それにこの子も、あの子が認めた男にならついて行くことだろうさ」
「娘さん、ですか……?」
「昔ね、ちょうど君が座っている辺りだけども___娘が朝食を吐き出してしまったことがあったんだ。
私はこの銀の龍のことを誰よりもよく知っている。だから吐き出したそれが、この子の逆鱗に触れてしまったことにも気づいていた」
「……!そんな、まだ逆鱗ガードも付いてない頃の銀の龍なのに」
「そう、だから私は、娘が殺される、と思った。しかしそれは私の間違いだった。
この銀の龍はね、逆鱗にゲロを落とされたことに怒るどころか、念波で娘をあやしてくれたんだよ。
これで分かったろう。この銀の龍は、私と同じくらい娘を大事に想ってくれている。
だから君のような、娘を愛してくれる男の元にいさせてやりたいんだ。
……さて、繰り返すようで悪いが、あくまでこれは年寄りの戯言だ。
娘と、銀の龍を、どうか、よろしくお願いします。」
男の問いに、もう一人の男は深々とした礼で返した。全てを聞いていた銀の龍は何も言わず、ただ少しだけ、スピードを緩めた。
新しい1日が始まる。鱗に乱反射した朝日が、街に降り注いでいた。