私立アメコミ高校

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『高速戦隊ターボレンジャー』を観た

スーパー戦隊シリーズ50周年を記念して勝手にスタートした制覇企画、第13弾である。

 

前回は番外編と称して、企画スタート以前に観ていた『超獣戦隊ライブマン』の魅力を、『海賊戦隊ゴーカイジャー』のエピソードを通して紹介した。

 

激化する受験戦争や、それによる競争意識の狂気をスーパー戦隊の枠組みに当てはめ、他人を蹴落し孤独にならんとする若者の暴走とそれを必死に止め救おうとする友の青春を描いた『超獣戦隊ライブマン』。

 

それを踏まえて『高速戦隊ターボレンジャー』ではどのような物語が描かれ、またそれが平成生まれのヒーロー好きの目にはどのように映ったのか、その率直な感想を記していく。

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クルマにファンタジー

高速戦隊ターボレンジャー』からスーパー戦隊の歴史は平成の世へ突入する。仮面ライダーシリーズでは途中で長い空白期間があったことや、ファンが便宜上呼称していたものを公式化させた東映の節操のなさ(褒めている)が功を奏して、「年号+ライダー」という表現は馴染み深いものになっているが、ほぼ途切れることなく続いたスーパー戦隊シリーズにおいては、年号が変わったからといって何ら影響はないのだろう、とばかり思っていた。

 

当時一世を風靡していたミニ四駆から着想を得た、スーパー戦隊シリーズ初の「車」をモチーフに据えたところまではまだ東映にも理性が残っていたと思われる。『ジャッカー電撃隊』でスーパーカーをフィーチャーしたエピソードを2回もやったあの頃から思いの外時間はかかったが、その後『激走戦隊カーレンジャー』『炎神戦隊ゴーオンジャー』『魔進戦隊キラメイジャー』『爆上戦隊ブンブンジャー』へと繋がっていく自動車モチーフの元祖となる、記念碑的な作品だ。

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そして、さすが東映、さすが「平成」といったところか、『高速戦隊ターボレンジャー』は単に車をモチーフにするだけでは満足しなかった。あろうことか自動車のメカメカしい感じから対極に存在すると言ってもいい「妖精」というファンタジーな存在を、戦士へと変身するために必要不可欠なキャラクターとして配置したのである。

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両極端なモチーフを組み合わせるバランス感覚はいうまでもなく、「妖精」という存在が「アリ」になった歴史の重みに拍手を送りたい。「遠い星のエスパー犬とアイコンタクトをとる」という、思わず「そうはならんやろ」とツッコミを入れたくなるような荒唐無稽な設定を、フィクション(あるいは子供番組)の盾を活用して「なっとるやろがい」と納得させ続けてきたスーパー戦隊シリーズは、遂に地球上で人知れず生きる「妖精」が自動車モチーフの戦士たちの力の源になる「そうはならんやろ」を「なっとるやろがい」にした。

ラキアの祈り

ラキアの祈り

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電撃戦隊チェンジマン』におけるアースフォース、『光戦隊マスクマン』におけるオーラパワーのような不思議概念の一つの到達点として、「妖精」は不思議概念の具現化、いわば不思議存在の元祖としてスーパー戦隊シリーズの歴史に燦然と輝く。そしてこれは同時に、不思議概念を幾度となく持ち込みながら、どうしても脱却できなかった「科学」から、スーパー戦隊シリーズが離れつつあるということも意味していた。それがあろうことか、真正面から「科学」やってそうな『高速戦隊ターボレンジャー』で行われるとは、全く予想もしていなかった。

 

バランス感覚はこれだけにとどまらない。長年に及ぶ人類の文明の発展に伴って穢されてきた自然や忘れ去られてしまった土着的な信仰を意識的にドラマに盛り込み、しかし車をヒーローのモチーフに据えることで、共存や両立は夢物語ではないというメッセージを投げかけている。そしてそれを説教臭くなく、純粋な瞳で思い描ける爽やかさで届けるために、ターボレンジャーは初の学生のみで構成された戦隊となったのだろう。

 

東映が仕掛ける「平成」なムーブには、どの時代、どの作品においても感心しっぱなしなような気がする。

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流れ者の独壇場

これまでもスーパー戦隊シリーズに登場したキャラクターには未成年の若者が戦士を務めることがあったが、先述の通り『高速戦隊ターボレンジャー』では遂にその若さと爽やかさに全体重を預ける、メンバー全員が高校生という初めての試みを行うことになった。

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必然的に舞台やドラマのノリは学園もののそれに近づくことになり、シリアスな大人のドラマを志向していた昭和後期の戦隊の雰囲気とは全く違うものになっていく。ここの温度差に当時の視聴者はどのようなリアクションをとったのだろう。とりあえず、せっかく『ライブマン』を観たのだから、と息巻いて観賞を始めた大学生の頃のワキリントは、人間が団子にされるというなんのこっちゃよう分からん展開に挫折してしまった。

 

そう、私にとって『高速戦隊ターボレンジャー』は、シリーズ中唯一挫折した作品だったのだ。そのトラウマは歴史を順番に追いかけていくことで払拭されていくわけだが、今回明確に「あの時もっと諦めずに観続けていればよかった」と公開したタイミングがある。

 

ターボレンジャーの高校生たちが過ごす学び舎に、転校生が現れたタイミングである。

さすらい転校生! 流星光!

さすらい転校生! 流星光!

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さすらい転校生・流星 光と名乗り、何かにつけターボレンジャーの前に現れるその男の正体は、彼らのような人間でもなく、敵である暴魔百族の怪人でもない「流れ暴魔」、ヤミマルだったのだ。こいつが『高速戦隊ターボレンジャー』に与えた緊張感、その功績といったら。

 

高校生らしいポップさは、一歩間違えれば軽薄な印象を与える危険もはらんでいる。曲がりなりにも世界を支配せんと目論む者達から地球を守る戦士としての顔を彼らに学園でもさせるために、ヤミマルは獅子奮迅の大活躍をやってのけた。

 

ターボレンジャーだけではない。人にも暴魔にも受け入れられなかった過去を持つヤミマルは、そのどちらに与するわけでもなく、第三勢力として暴魔百族の乗っ取りも画策する。もう一人のはぐれ暴魔・キリカを仲間に迎え入れた後、スーパー戦隊シリーズ黎明期を支えた名悪役俳優・石橋雅史氏をはじめとした悪の幹部たちでさえも全滅させたときは震えた。遺産ですら捨て駒として扱う東映の「続けるための狂気」、ライブ感の片鱗を垣間見た。

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爆竜戦隊アバレンジャー』のアバレキラーは確実に彼から生まれたのだと確信できるほどのアバレっぷり、「もう少し我慢して視聴を続けていればよかった」と後悔するには十分すぎるくらいだった。

 

高校生という未来への可能性に満ちた「青春」の権化のようなターボレンジャーに、昭和戦隊が「ジャリ番」から脱却せんと盛り込んだシリアスなドラマ性は双方の魅力を損なう恐れがあるし、その合わせ技は『ライブマン』でやってしまったばかりだ。本企画をスタートさせ、昭和戦隊の骨太で攻めたドラマ展開の数々に感動してきた私が、この無理難題を強引に解決した流れ者に釘付けになってしまうのは当然の帰結といえよう。

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「平成」を任された女

主役たちを学生にしている以上、学園ドラマのテイストが盛り込まれることは避けられない。しかし、メインターゲットであるちびっ子たちには「高校生活」はまだ遠い未来の話である。これに対して東映が下した結論、及び私が抱いた感想は「思ったより学校生活やらんのや」だった。

 

世界を救う「使命」、悪を倒せる力を持った唯一の存在として戦う義務を優先すべき戦士たちは、未来があり、「青春」を謳歌する権利がある若者である。この矛盾、私が抱いた感想を解決する「学校生活代表」として、山口 美佐先生が果たした功績は大きい。

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子どもたちに

子どもたちに

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度々授業を抜け出して戦いに出ていく5人のことを、彼女は心の底から心配する。かといって口うるさく教室の椅子に縛り付けるようなことはせず、一人の大人として見守る選択をすることからも、子供ではない人間として生徒を信頼している様子が見て取れる。

 

モンスターペアレントやいじめ問題など、学校生活におけるネガティブな側面ばかりが取り沙汰されるようになった昨今、久しぶりにここまで気持ちのいい素敵な先生を観ることができたような気がする。自宅の壁に教え子の顔写真と一言を添えて本気で将来のことを考えてあげているような描写や、流れ暴魔であると分かった後でさえも「一度教室に入ったからには私の子供同然」と言わんばかりにターボレンジャーの面々に対して注ぐ愛情をヤミマルやキリカに対しても向ける山口先生は、その深い教え子への愛情でもってあの、あのヤミマルに「たまらんぜ・・・」とすら言わしめる。

 

暴魔の魔の手にかかり、操られてターボレンジャーを襲うような役回りに幾度となくなってしまうのも、彼らにとって山口先生が「守るべき大人」の最上級に位置しているからに他ならない。事実高校生という若者を描いた『高速戦隊ターボレンジャー』において、彼らの両親は一切登場しない。山口先生が全員の親だからだ。

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そして山口先生は団子になったり、ターボレンジャーの協力者である博士となんかいい感じになったり、ブラックと怪人が行う相撲の行司を買って出たりと、ヤミマルとは別ベクトルで獅子奮迅の活躍をすることになる。

 

敵と戦う力こそ持ってないが、その勢いで怪人すら気圧されてしまうキャラクターというのが、スーパー戦隊シリーズにはそれなりの人数存在する。昭和戦隊のシリアスなテンションでは到底生まれることのなかったパワー系、「平成」を体現したような山口先生は、戦士として、また自らの尊厳を取り戻すための聖戦を行う流れ者として、他とはちょっと違った「青春」を送ることになった教え子たちのジグザグな道をまっすぐ見守る。

 

その温かさの中で育まれた奇跡の絆は、ひょっとして世界を救ったことよりもターボレンジャーの勲章になったのかもしれない。

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前作『超獣戦隊ライブマン』についての想い出話はこちらから↓↓↓

amecomihighschool.hatenablog.com