スーパー戦隊のVS映画は、なぜ存在しているのだろう。ビジネスの面で言えばお祭りで分かりやすく稼げるんだろうし、ファンサービスの面で言えばまた推しに会えるとか、そういうことがあるのかもしれない。
界隈からも距離を置き、グッズを買い漁るわけでもない、単に毎週の放送をきちんと観て、じっくり噛み締め、あれが良かった、これがステキ、などと思考を巡らせるだけの、作り手からしたら一番カネにならないファン__つまり私だが__は、シンプルに作品理解が深まるのを求めてVS映画を観に行っている。
『爆上戦隊ブンブンジャーVSキングオージャー』では、年月を重ねた上でのキャラクターの変化、そしてそのキャラクター同士の組み合わせの妙を描いていた。
それぞれが我の強い王様であるキングオージャーは言わずもがな、ブンブンジャーも丁寧でシリアスな世界観の中で個性的に生きてきた。そういった面々が個性を殺し合うことなく、『ブンブンジャー』の大人なテンションの中で交流を深めていたのが興味深かった。
改めて『キングオージャー』という作品のチューニング力の高さに感心する。放送当時、国民そっちのけで王様同士が幼稚な小競り合いをするのも観ていて楽しかったし、かと思えば国、ひいては星を護る王としてウソみたいなスピードで解決策を用意する有能さを見せていた『キングオージャー』は、その二面性がともすれば一貫性がないようにも観えるリスクを常にはらんでいたのだが、しかしどちらも面白かった。
役者の技量か、あるいは新技術を用いたファンタジー世界の構築を視聴者に信じさせることができた時点で制作陣の術中にはめられていたのか、両極端なテイストにも見事に対応し、そしてこちらを対応させることに成功していた『キングオージャー』のバランス感覚は今作でも遺憾無く発揮されていた。
反面、ケレン味のある台詞回しやシリーズ史上類を見ないスケールの世界観作りでカモフラージュこそされていたが、脚本の細部には粗が目立つ作品だったと個人的に感じている。なまじバランス感覚が優れているからこそ、些細な、しかし「戦隊もの」として外してほしくなかったポイントをスカされたときの『キングオージャー』に抱いていたもったいなさのようなものを、久々の王道戦隊と呼ばれていた『ブンブンジャー』が担っていた。
夏の単独映画の際に惑星のお姫様を登場させていたことが、VS映画で遠い惑星との友好条約締結という、あまりにもかけ離れた2作品を結びつけるとは。三種の神器を連想させながら、明確なアイテムの発表がなされるまで「鏡?鏡、ねぇ……地球に?大也が?あの豪邸のどっかに?」と思わせて不意打ちを喰らわせて「うわーーーーッッッ!!!!!おみそれしましたーーーーッッッ!!!!!笑笑」とさせる脚本の巧みさに喝采を届けたい。
どうやら意図的に作劇上のサプライズ、「爆弾」を小出しにしていたのが、「爆上げ」には残念ながら結びついていなかった『ブンブンジャー』のアクセルの踏み切れなさを『キングオージャー』のスピード感でもって補完する印象もあり、結果としてそれぞれのキャラクターが違和感なく生き生き動くという奇跡みたいなことが起きていた。……まぁ、そういうのが毎年起こるのがVS映画で、だから楽しみに観るのだが。
個々のキャラクターでそれらが描かれるが、なんといっても両戦隊のレッド同士の交流。こういうところを奇を衒わずに観せるからいい。
ブンブンジャーの戦いは単純なものではなかった。敵は宇宙の裏社会を牛耳るインテリマフィアだけでなく、それらに協力することで今の個人的な安寧を保持しようとする悪い大人、そしてそれらに扇動された市民たちの心無い眼差しだった。
結果として組織の壊滅には成功し、ブンブンジャー本来の目的、夢でもあったことに向き合えてはいるが、信じていた大人から裏切られ、自分のハンドルをこれからも握り続けるためには何をするべきかを探しているようにも見えたブンレッドの行く先を照らすのが、ギラ・ハスティーの王としての生き様なのが素晴らしい。
他王国の強引さに振り回されながらも、互いに手を取り合って1つになることを諦めなかった、実力も実績もない王になりたての少年だったギラは、『キングオージャー』中での2年、そしてまた『ブンブンジャー』を経た時間の中で、混沌とした世界の中でも人間の優しさを諦めない少年のような純粋さで範道大也を導ける理想の大人、ギラ・ハスティーとなった。
こういう大人になることは、もしかしたら王になることより難しいのかもしれない。だからこそ輝いて見えるのだが。
暴走した相棒の目を拳で覚まさせようとする範道大也など、少なくとも『ブンブンジャー』では絶対に観ることのできなかった光景だ。「自分のハンドルは自分で握る」を信条にしていた『ブンブンジャー』は、そのテーマに忠実であるが故に、復讐に駆られたブンオレンジをこれまでの戦隊のように殴ってでも止めることができなかった。
護りたいもののためならば自ら邪悪の王を名乗るように、見失ったものの手に強引にハンドルを戻させる。『ブンブンジャー』に欲しかったスピード感が、『キングオージャー』一番のバランサー、ギラ・ハスティーによってもたらされた瞬間である。
スーパー戦隊は1年で放送が終わる。観る側も作る側も、「足りない」と思うことばかりだろう。
VS映画はもしかすると、双方のそういった「終わらせたくない」という気持ちの結晶なのかもしれない。