離婚した。
こう言っちゃなんだが、結婚する前からこうなりそうな気はしていた。金のないフリーター同士のデキ婚、同居もしておらず、挙句私は役者の夢をギリギリまで諦めきれずにいた。
役者の学校での全ての課程を終了させた頃には既に、元妻の堪忍袋の緒は完全にブチ切れていた。あまりにも臨界点に達する条件が整いすぎていた。
説得も、もはや耳には届かず。全て自分が悪い。これで元妻と息子が心穏やかに生きられるなら、それが最後の望みだという想いで判を押したのが、約一年前。
今は養育費を支払うために就職しながら生活している。そして案外、楽しくやれてしまっている。
これもこうなりそうな気がしていたことだった。事実私に残った責任といえば、月々の養育費を粛々と振り込むこと、それ以外にない。時間も体力も、産まれたはずの我が子と産んでくれた元妻に1つとして割かなくてよくなってしまった。
結果、何かを楽しむことや一人の時間を謳歌することに後ろ髪を引かれる気分になることが増えた。
同時に、初めての社会人生活で手に入れている安定した稼ぎによって、楽しめることの幅は広がった。
自分より元妻や息子が幸せでいられる方が心が楽だ。そのための余裕を私が経済的に支援できているか、その自信が無い。かといって額を増やしてこちらの生活が崖っぷちになるのも本末転倒な気がしている。
というか、人って勝手に幸せになるんじゃないだろうか。私と一緒にいるより離れている方が幸せだと判断したから元妻は届けを出したわけであって、今の苦労は織り込み済みだったのではないだろうか。
私という怨恨の塊を排除した時点で、元妻の幸せは一緒に過ごす選択をした世界線より幸せなのかもしれない。多分片親だからという理由で貰える補助金とかもあるんではなかろうか。だからといって養育費を払わない理由には到底なり得ないが。
では息子はどうだろう。物心つく前から、彼には父親がいないことになる。これからの元妻の生き方次第だが、確固たる父親像のようなものを知らないまま大人になっていくのだろうか。
幼少期に出張ばかりで家を空けていた私の父親でも、大なり小なり私の人格形成には関わっているし、「同じ男としてこうありたい」とも「こんな人間にはなりたくない」とも、同時に抱きながら生きている。早い話、私にとっての父親は思いの外、私という人間の一部に影響を与えている。
では私はどうなのだろうか。何一つとして息子に与えられないまま関係が断ち切れてしまった。
……とまぁ、色々書いたが全部私のエゴだ。良き夫、良き父、良い家族を焦ってしまった。今の私はそんな器ではなかったことを知った。
だからせめて元気に生きたい。忘れるはずがないので、前向きに生きていかなければ。
もしまた会えるのなら、少しくらい今より大きな背中を見せたい。